女性の一人旅(ひとりたび)
初秋のある日、小型のリュックサックを背負った若い女性が来館。京都の大学生で専攻はアメリカ文学。歴史はあまり勉強していない由ですが、山口市に着いた足で県庁の一角に残る長州藩の藩庁門を訪ねたそうですから、ご謙遜ですね。
「長州藩の城下町は萩だのに、山口市が県庁所在地になったいきさつは?」と中々鋭い質問。幕末に藩は政治の拠点である政事堂を萩から山口市に移したこと、そして、藩主をはじめ藩政にたずさわる武士たちはこの町に移り住んだことなどを話し、「山口市は中世は大内の都。毛利の時代は萩から防府に至るメイン道路――萩往還(はぎおうかん)の宿場町。そして幕末に政治の拠点として再び脚光を浴び、県庁もここに置かれることになったようです」と結びました。
歴史談義に花が咲き、「新幹線で来山されたのか」と伺うと、50ccの原付バイクで4日前に京都を出て、山陰路を走り、昨日出雲泊まり。旅館、ホテルには全く泊らず、もっぱらインターネットカフェ。もっとも昨夜は病院の待合室を利用させて頂きましたとのこと。今から九州に向かい、今夜はできれば福岡市泊まり、鹿児島まで行きたい由。20日後には京都に帰らねばならないそうです。
この夏、マイカーで一人旅の看護師さんが別府市で殺害されただけに気をつけてと言うと「人里離れた所へは行かず、道なりに走りますから、ご心配なく。交通事故にも気をつけます」と、くったくない笑顔。それにしてもたくましい女性ですね。なんでも見てやろうという一人旅のようです。
後ろ姿を見送りながら、この女性のパワーにびっくり。無事に九州一周の旅を終えて欲しいと念じたことでした。
江戸康尹(えど・やすゆき)
(おおすみ歴史美術館)