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    <title>おおすみ通信</title>
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    <subtitle>展示品のエピソードやご来館者のことなど美術館の日々を心のままに</subtitle>
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    <title>瑠璃光寺五重塔の誕生</title>
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    <published>2010-07-14T15:00:00Z</published>
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    <summary>　国宝の瑠璃光寺五重塔は大内文化のシンポルで、私ども山口市民の誇りです。 　おお...</summary>
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        <name>おおすみ歴史美術館　江戸康尹</name>
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        　国宝の瑠璃光寺五重塔は大内文化のシンポルで、私ども山口市民の誇りです。
　おおすみ歴史美術館を訪れる県外からの皆さんは、歴史や文化に関心のある方がほとんどですから、五重塔や常栄寺雪舟庭についてのご質問も少なくありません。
　先日来館された方からは「完成は室町中期の嘉吉２年（１４４２）と聞くが、その根拠は棟札（むなふだ）ですか」というお尋ねがありました。
　棟札というのは「建物の建立や修理の際に棟木に打ち付けたり、屋根裏に納めたりする木札」（日本史用語辞典）のことです。
　以下、私のつたない知識ですが、お答えしましょう。まず、この五重塔は戦死した大内第２５代義弘の菩提を弔うため、弟で第２６代盛見が建てたものですが、棟札は見つからず、いつ完成したのかはよくわかりませんでした。

　しかし、大正４年（１９１５）の解体修理の時に５層目北側の軒下の木組みの一つ、巻斗（まきと）から墨で記された落書が見つかりました。
　「嘉吉二年二月六日 此のふでぬし廿七 年みつのえいぬ」とあります。
　この塔の建立にかかわった２７歳の大工さんが、未来へのメッセージとして記したものでしょうか。名前はなく、花押(かおう)（印鑑代わりに書いた印）だけです。
　自分も加わって、この３１．２メートルの優美な塔ができた。大内家の象徴だし、私も誇らしい。いつの日か、塔の修理が行われるだろう。その時この巻斗の私のサインが見つかるかも知れない――そんな思いで記したのでしょうか。

　「落書きが史実になったわけですね」と、ご質問者にお答えしました。さて皆さんに何かのご参考になったでしょうか。ちなみにこの巻斗は瑠璃光寺資料館で公開されています。


江戸康尹（えど・やすゆき）
（おおすみ歴史美術館）

        
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    <title>「ふるさと８人の総理の書」について</title>
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    <published>2010-03-10T03:00:00Z</published>
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        　「山口の先人の足跡をたどる」をテーマとしている当館は、３月３日から「ふるさと８人の総理の書」と題した企画展を開いています。
内閣総理大臣といえば、日本の政治の頂点に立つ人ですが、山口県からは初代総理の伊藤博文をはじめ、山県有朋、桂 太郎、寺内正毅、田中義一、岸 信介、佐藤栄作、そして安倍晋三氏と、実に８人を出しています。またその在任期間は合わせて３６年にのぼります。
お国自慢になるかも知れませんが、近現代の日本の政治を考える上で長州―山口県は大きな役割を果たしてきたといえるでしょう。
昨年末に安倍晋三元総理から半切の書を頂き、当館に山口県出身の全総理の書がそろいました。ちなみに安倍氏の書は「楽在人和（たのしみは人の和にあり）」です。
「書は人なり」と申しますが、総理たちの書を通じて、皆様に何らかのメッセージが伝われば幸いです。


おおすみ歴史美術館・江戸康尹


        
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    <title>企画展『ふるさと８人の総理の書』へおいでませ</title>
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    <published>2010-03-01T15:00:00Z</published>
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        <![CDATA[<img alt="８人の総理の書.JPG" src="http://blog.osumi-group.jp/isin/weblog/%82W%90l%82%CC%91%8D%97%9D%82%CC%8F%91.JPG" width="439" height="618" />
おおすみ歴史美術館ではこの度、山口商工会議所や山口市が力を入れている『山口お宝展』に今年も協賛し、企画展「ふるさと８人の総理の書」を開催いたします。

この企画展では、昨年１２月に安倍晋三元総理から「楽在人和（たのしみは人の和にあり）」と記された書が寄贈されたことを契機に、初代内閣総理大臣・伊藤博文をはじめ、山県有朋、桂 太郎、寺内正毅、田中義一、岸信介、佐藤栄作、安倍晋三元総理まで山口県出身の８人全員の書（掛軸、扁額）を展示しております。
また、常設の刀剣、長州つば等も展示しております。

山口・湯田温泉へお越しの際は、ぜひご来館、ご高覧いただきますようご案内申し上げます。

[展覧会名]　山口お宝展協賛
　　　　　　　  企画展『ふるさと８人の総理の書』

[展示内容]　１．初代内閣総理大臣・伊藤博文をはじめ、山県有朋、桂 太郎、寺内正毅、田中義一、岸信介、佐藤栄作、安倍晋三元総理まで山口県出身の8人全員の書を展示。

　　　　　　　 ２．常設展の刀剣、長州つば等も展示]]>
        <![CDATA[[会期]　　　平成22年3月3日(水)〜4月30日(金)
[開館時間]　午前9時〜午後5時
[休館]　　　毎週火曜日
[入館料]　　一般200円、大学生150円
　　　　　 高校生以下無料

[その他]　　駐車場完備、ステップリフト、車イス完備
[アクセス]　ＪＲ山口線「湯田温泉駅」下車　大隅タクシーで約５分
　　　　　　　宇部空港から「空港乗合エクスプレス」で「おおすみ歴史美術館」まで直行できます
　　　　　　　（片道：２，３００円）詳しくはこちら→<a href="http://taxi.osumi-group.jp/"target="_blank">「大隅タクシー 空港乗合エクスプレス」</a></p>


☆お問い合わせ
〒７５３−００５６
山口市湯田温泉３丁目１−２６
おおすみ歴史美術館（おおすみ観光 山口営業所２階）
TEL 083-932-8862
FAX 083-924-2721]]>
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    <title>寅(とら)の萩焼香合展</title>
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    <published>2010-01-02T15:00:00Z</published>
    <updated>2010-01-11T05:57:37Z</updated>
    
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        <![CDATA[　今年は干支（えと）では寅（とら）の年。寅は「動く」という意味だそうですが、ご存知のように動物では「虎」を充てています。
おおすみ歴史美術館では、１月２日から２月１１日まで新春企画展「寅の萩焼香合と茶陶展」を開いています。
香合（こうごう）とは「香を入れるふたつきの容器」で、茶道具の一つですが、素材もデザインもさまざまです。干支の動物をテーマとした香合もその一つで、多くの陶芸家が昨年の暮れにつくります。いわば新春を告げる使者ですね。数点の香合の写真をごらん頂きましょう。
<img alt="大和 保男 氏.jpg" src="http://blog.osumi-group.jp/isin/weblog/%91%E5%98a%20%95%DB%92j%20%8E%81.jpg" width="335" height="249" />
<img alt="野坂 康起 氏.jpg" src="http://blog.osumi-group.jp/isin/weblog/%96%EC%8D%E2%20%8DN%8BN%20%8E%81.jpg" width="333" height="249" />
<img alt="波多野 善蔵 氏.jpg" src="http://blog.osumi-group.jp/isin/weblog/%94g%91%BD%96%EC%20%91P%91%A0%20%8E%81.jpg" width="337" height="250" />
<img alt="岡田　裕 氏.jpg" src="http://blog.osumi-group.jp/isin/weblog/%89%AA%93c%81%40%97T%20%8E%81.jpg" width="334" height="253" />
]]>
        本展には３５人の萩焼作家が出品、トラの香合は２４点、その他茶碗、花入れなどが１４点です。ズラリと勢ぞろいしたトラは作家の個性が溢れています。部屋の一角に飾りたいかわいい美術工芸品をご覧いただくとともに、萩焼の魅力にふれて下されば幸いです。
なお長州の幕末維新を中心とした書や山口の画人の作品を展示する「新春書画展」も同時に開催しております。どうぞお出かけ下さい。

おおすみ歴史美術館・江戸康尹
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    <title>日本大学の創立者・山田顕義が遺したもの</title>
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    <published>2009-11-01T07:40:00Z</published>
    <updated>2009-11-09T07:40:58Z</updated>
    
    <summary> 　　　　　　　　(↑) 右は山田書の額、左は桑山碑拓本　〜山口市のホテルで〜 ...</summary>
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        <![CDATA[<img alt="山田顕義 写真.jpg" src="http://blog.osumi-group.jp/isin/weblog/osumi/%8ER%93c%8C%B0%8B%60%20%8E%CA%90%5E.jpg" width="500" height="373" />
　　　　　　　　(↑) 右は山田書の額、左は桑山碑拓本　〜山口市のホテルで〜


　山田顕義（あきよし）という人をご存知ですか。弘化元年(1844)萩生まれの長州藩士で松下村塾に学び、明治期に軍人、政治家として活躍し、その間に日本大学を創立しました。没年は明治25年(1892)で49歳でした。
　当館には「開拓萬古之心胸」と書かれた山田の扁額などがありますが、今年10月、日本大学校友会(桜門会山口)が山口市内のホテルで総会を開いた時、ご要望に応えて会場に数点を展示しました。学祖ゆかりの資料とあって大変好評だったようで、当館としても嬉しい次第です。
　さて山田は書も巧み、詩文も優れています。展示の額は山田の書ですが、もう1つの桑山（くわのやま）招魂場碑の拓本は山田の撰文―つまり碑文をつくったもので、書は岡守節という方です。
　今少しこの拓本について説明しましょう。拓本とは石碑などに刻まれた文字や文様を紙に写しとったものです。採取方法はいくつかありますが、碑の上に塗らした紙を貼り、墨汁をつけたタンポで叩くやり方が一般的です。
　また桑山というのは防府市にある丘で、その山頂に慶応2年(1866)、殉国の士を弔う招魂場がつくられました。現在の防府市護国神社です。
　招魂場碑は明治25年(1892)に殉国者の功績をたたえるために建立された自然石の碑で、縦3.2メートル、横1.7メートルもある大きいものです。建立式には山田をはじめ明治の高官たちが出席したと伝えられています。
　さてこの巨大な拓本がいつ、どのように作られたのか、なぜ当館にあるかは不明です。というのは当館創立者の大隅健一翁は昨年亡くなられ、その没後、ご自宅の一隅から掛軸仕立てのこの拓本が見つかったもので、翁にお聞きする術もありません。
　ともあれ山田撰文の碑の拓本は当館にあります。そして碑そのものは桑山の北隅に現存しているのですが、戦後の混乱の中で忘れられたというべきでしょうか、うっそうとした雑木林や雑草に囲まれて見えにくく、訪れる人もほとんど無いようです。
　山田顕義ゆかりの碑は1世紀を経た今も偉容を誇っています。できれば雑木や雑草をとりはらい、再び姿を見せてほしいものです。


おおすみ歴史美術館・江戸康尹
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    <title>没後100年の伊藤博文さん</title>
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    <published>2009-09-30T15:00:00Z</published>
    <updated>2009-10-13T07:53:33Z</updated>
    
    <summary>　山口県出身の政治家の中でも大和町生まれの伊藤博文は維新の志士であり、初代総理大...</summary>
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        <name>専務</name>
        
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.osumi-group.jp/isin/weblog/">
        　山口県出身の政治家の中でも大和町生まれの伊藤博文は維新の志士であり、初代総理大臣であり、また明治42年(1909)にハルビンで暗殺された悲劇の主人公としても広く知られています。しかし大きな功績にもかかわらず世評は必ずしも正当とは言えないようです。
　その伊藤さんは今年が没後100年とあって、県内の歴史系ミュージアムではさまざまの企画展を開いています。
　私は萩博物館の「伊藤博文とその時代展」(11月18日まで)を拝見しましたが、山口市歴史民俗資料館では「十朋亭と維新の志士たち」(11月29日まで)大和町の伊藤公資料館では「遺墨遺品展」(11月29日まで)下関市立長府博物館は「幕末・明治の下関」(11月1日まで)と、いずれも伊藤博文を中心とした企画展を開いています。ご関心のある方はお訪ね下さい。

　ところで「山口の先人の足跡をたどる」をモットーとする私どものおおすみ歴史美術館は初秋を迎えて常設展の展示替えを行い、その中心に伊藤の書2点と珍しい写真、萩で9月に発行された伊藤の記念切手などを展示しました。どうぞお出かけ下さい。
　また9月13日に萩市の主催で「伊藤博文没後100年記念シンポジュウム」が開催されました。京都大学教授の伊藤之雄さん、作家の松本健一さんら４氏によるシンポジュウムは伊藤を近代日本の基礎づくり、憲法制定と議会制の樹立等の面で高く評価し、その実像を明らかにし、いわれなき風聞の虚像を退けました。
　確実な史料に基づく各氏の伊藤像の展開に私は「目からウロコが落ちる」思いでした。
　全くの私見ですが、私は維新の変革期の伊藤総理と内閣発足１ヶ月を過ぎた鳩山由紀夫総理を比較して楽しんでいます。国際舞台で臆せず、英語でスピーチするあたり似かよっていると思いますが、いかがでしょうか。
　ともあれ伊藤に限らず、私たちは長州の群像について勉強し、理解したいものです。他県の方に一席ぶつくらいの力を持ちたいものですね。

おおすみ歴史美術館・江戸康尹

        
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    <title>雲谷派展へどうぞ</title>
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    <published>2009-03-27T11:30:48Z</published>
    <updated>2009-03-30T11:33:39Z</updated>
    
    <summary>おおすみ歴史美術館では今、雲谷派の絵画をご覧頂く展覧会を開いています。会期は３月...</summary>
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        <name>専務</name>
        
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.osumi-group.jp/isin/weblog/">
        おおすみ歴史美術館では今、雲谷派の絵画をご覧頂く展覧会を開いています。会期は３月２０日から４月１９日までです。
雲谷派について手短にご説明しましょう。もっとも、専門家の先生方の解説の受売りですが。
大内時代に画聖、雪舟が山口で活躍していたことはご存知ですね。大内の殿様から頂いたアトリエ・雲谷庵に住み、現在国宝になっている「山水長巻」などの傑作を描きました。
雪舟が世を去ったのは約５００年前ですが、その画風を受け継いだ画家集団が雲谷派で、始祖は雲谷等顔(1547-1618)です。
本名、原　直治という武士ですが、毛利輝元に画家としての力量を認められ、文禄２年(1593)ごろ雲谷庵を拝領し、毛利藩の御用絵師としてスタートします。
同派をさらに発展させたのが、二代目の等益(1591-1644)です。
そして、宗家だけでなく、たくさんの分家、弟子家が生まれ、幕末に至るまで活躍しました。日本の近代絵画史上、雲谷派は狩野派と並ぶ一大流派といわれます。今に伝わるその絵は、私たち山口県民が誇る文化遺産ですね。
雲谷派の作品のメッカは山口県立美術館で、優れた作品をたくさん収蔵し、折に触れて展覧会を開催しています。当館の展示はささやかなものですが、民間の一つのコレクションとしてご覧ください。
展示作品は伝等顔の「鷹図」、伝等的の「山水図屏風」など１１点で、うち等的の「文殊菩薩像図」と等&amp;#29856;の「墨竹図」は市民のご提供です。
等鶴の「漁村夕照図」や等潤の「太公望図」は、かって山口県立美術館で開かれた特別展「雲谷派の糸譜展」に出品したことがあります。
その図録に「漁村夕照図は、のどかな漁村の光景が行体風の柔らかい筆致で描かれている。」「太公望図は和様化の進んだ幕末期雲谷派人物画の典型的作例」などと評されています。展示作品は、淡彩の人物画や、墨画の山水画が多いのですが、雲谷派の美の一端にふれてくだされば幸いです。

おおすみ歴史美術館・江戸康尹

        
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    <title>女子学生３人の旅</title>
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    <published>2009-01-31T15:00:00Z</published>
    <updated>2009-02-05T12:17:15Z</updated>
    
    <summary>　吉田松陰と松下村塾生らの書や書状を中心に構成した新春書画展は1月3日に始まり、...</summary>
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        <name>おおすみ歴史美術館　江戸康尹</name>
        <uri>http://www.osumi.gr.jp/isin/</uri>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://blog.osumi-group.jp/isin/weblog/">
        　吉田松陰と松下村塾生らの書や書状を中心に構成した新春書画展は1月3日に始まり、
2月1日に閉会しましたが、最終日に3人連れの女子学生が来館、歴史講義に花を咲かせ
ました。
　個人またはグループで主に幕末維新関係の史跡やミュージアムを訪れる人たちを私は
勝手に「歴史の旅人」と名付けていますが、今年初めての歴史の旅人たちは栃木県から
来られたそうで、大学はいずれも東京とのことです。
　ちなみに好きな歴史上の人物を尋ねると、Aさんは伊藤博文、Bさんは木戸孝允と井上馨、
Cさんは新撰組の土方歳三とのこと。
　Aさんは日本大学創立者と説明パネルをつけている山田顕義の扁額を見て「うちの大学
も山田さんがつくったのよ」とつぶやいていましたから、いうまでもなく国学院大学の学生
でしょう。
　Bさんは東京農大で農業史を学び、このほど卒業論文を書き上げたばかりだそうですが、
栃木の那須高原には山田顕義や青木周蔵、乃木稀典ら長州人が明治期に営んだ農場が
たくさんあると話しました。
　3人の女子学生は、前日は下関の史跡を回り、昨夜、湯田温泉に一泊した後、当館と
山口市内の史跡を回り、午後には光市の伊藤資料館へ向かうそうです。
　皆さんは年に何回か、こうした歴史探訪ツアーを行っているそうですが、目をキラキラさせた
若さ溢れる歴史の旅人たちはステキですね。

おおすみ歴史美術館・江戸康尹

        
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    <title>木戸孝允（きどたかよし）</title>
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    <published>2008-12-05T06:11:19Z</published>
    <updated>2008-12-05T06:15:46Z</updated>
    
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        　おおすみ歴史美術館にいらっしゃる方の多くは幕末維新好きで、また特定の人物のファンが少なくありません。木戸孝允もその一人です。
　ご存知のとおり、木戸は幕末維新期の志士であり、政治家です。青年時代は桂小五郎といいましたが、30代の始め、藩主から木戸の姓を頂いて改名しました。
　木戸の魅力はどこにあるのでしょう。肖像画や写真を見ると、知的なハンサムですし、剣の達人であり、詩文に長じていること、卓越した識見などがあげられます。明治10年（1877）45歳の若さで世を去ったことも惜しまれ、愛されている一因かも知れません。
　さて去る11月2日に来館された大阪の女性も根っからの木戸ファン。当館蔵の木戸の資料は書が3幅ですが、展示中の七言絶句「去歳千軍・・・」を熱心にごらんになり、帰られる時に当館のアンケートに「木戸と出会えてよかった」と記されました。ちなみに木戸の書は豪放という感じがしますね。
　その約１週間後の10日、東京から来られた男性からも木戸についていろいろご質問がありました。私が「木戸の資料は県立博物館にたくさんあります」と言うと、大変興味をお持ちでした。
　昭和54年（1979）でしたか、木戸家のご子孫が山口県に木戸の肖像、写真、書、書状など81点を寄贈され、県立博物館に収蔵されたのです。その翌年の昭和55年1月、同館で「木戸家寄贈資料披露展」が開かれました。私は同展を見ていませんが、10年ばかり前、山口市の古書店でその図録を求めました。展覧会の図録は会期を過ぎるとなかなか手に入りません。この図録には寄贈資料目録が掲載され、とても役に立ちます。
　この図録を来館者にコピーしてさし上げると、大喜びでした。中央大学の先生だそうです。
　この関東、関西にお住いの木戸ファンはともに長州の歴史が大好きとのこと。私たち地元在住者も負けてはおられませんね。

おおすみ歴史美術館・江戸康尹

        
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    <title>新村出（しんむらいずる）の短冊</title>
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    <published>2008-11-26T00:16:52Z</published>
    <updated>2008-11-26T00:20:44Z</updated>
    
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        霜月（しもつき）の11月は文化の日、七五三、新嘗祭（にいなめさい）などの行事があり、日一日と秋が深まり、冬の足音が聞こえてくる季節です。
「山口の先人の足跡をたどる」を基本方針とする当館の展示はほとんどが山口の書画、それも幕末維新関係が中心です。さほど変わりばえはしませんが、10月末に多少展示品を入れ替えました。
その一つに新村出さん（1876−1967）の和歌短冊があります。どこの、どういう人？と首をひねる方もおられるでしょうが、新村さんは山口市生まれの言語学者。広辞苑を編さんされたすごい学者です。文化勲章の受章者であり、歌人としても知られています。
掛軸になっている新村さんの和歌は文化の日をうたったもので、歌の前に「文化の日に」とタイトルを記しています。ご紹介しましょう。

文化の日に
多知波奈（たちばな）の
花のみしるし賜（たまわ）りぬ
明治のみよ（御代）を慕（した）う秋の日

文化の日は昔は明治節といい、明治天皇の誕生日を祝う記念日でしたね。
　話は変わりますが、小さな歴史系のミュージアムである当館には、時折熱心な歴史ファンが訪れます。11月初旬に来館された40年配の女性は大阪から夜行バスで早朝に山口市着、市内の各ミュージアムや維新史跡―藩庁門、木戸神社、周布政之助の墓などを回り、午後の夜行のバスで帰られました。歴史ファンのパワーはすごいですね。
　この女性は木戸孝允ファンとのこと。展示中の木戸の書に目をこらしておられました。最後に新村さんの和歌を口ずさみながら帰途につかれました。

おおすみ歴史美術館　江戸康尹

        
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    <title>ルーツ（先祖）探し</title>
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    <published>2008-09-25T08:37:29Z</published>
    <updated>2008-09-25T08:37:52Z</updated>
    
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        おおすみ歴史美術館は小規模のミュージアムですが、展示の書画を見て頂くだけでなく、長州の歴史サロンとしてお役に立ちたいと願っています。そのため私もできるだけ来館者とふれあい、説明や歴史談義に努めたいと思っています。
夏場は卒業論文の準備を進める大学生、夏休みを利用して史跡や展示施設を回る高校・大学生の来館が目立ちました。
さて９月のある日、ルーツ探しといいますか、先祖や家系を調べている70歳くらいの年配のご夫婦が来館されました。
このご夫婦は東京在住の方で、ご主人の両親は共に山口県出身、宇部の母方のルーツはある程度わかっているが、父方は萩の武士の家柄と言う以外は不明で、今回調べに来られた由。湯田温泉のホテルにすでに5泊され、県文書館に通い、研究員の協力で古文書を調べてもらったところ、先祖の名が見つかったそうで大変喜んでおられました。
県文書館は毛利家文書の所蔵で有名ですが、市民の調査に協力を惜しまない姿勢はけっこうですね。
当館は幕末維新関係の展示に加え、図書コーナーとして、一般的な歴史の本や辞書を並べています。
私が「ご先祖と戊辰戦争のかかわりは」と尋ねますと「曾祖父は奇兵隊に居たらしい」とのこと。それならと、マツノ書店刊「定本　奇兵隊日記」全5巻（1991年刊）を見て頂きました。その本には人名索引の別巻がついており、大変便利です。
ほどなく、ご主人は曾祖父の名を見つけ、索引が示すページに当たると、その方の事績が少しわかりました。ご夫妻は思いもかけぬ発見に大喜びでした。
ご夫妻を見送りながら、さまざまの思いが去来しました。県文書館の存在のすばらしさ、奇兵隊日記の史料としての重要さ、また人名索引の大切さなどです。そしてなによりもご夫婦のルーツ探しの熱意にうたれました。

おおすみ歴史美術館・江戸康尹

        
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    <title>桜樹館（おうじゅかん）で和蝋燭（わろうそく）のイベント</title>
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    <published>2008-07-25T03:14:48Z</published>
    <updated>2008-07-25T03:29:14Z</updated>
    
    <summary>このタイトルでは何のことかよくわからないと、首をかしげられるかも知れません。 ま...</summary>
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        <![CDATA[このタイトルでは何のことかよくわからないと、首をかしげられるかも知れません。
まず和ろうそくとは、日本のハゼの実から作るろうそく。昔のあかりですが、長州藩の財政を支えた産業「防長の4白（よんぱく）」の一つでもありました。
さて、山口市在住の日本舞踊家・花柳寿寛さんは和ろうそくのゆらぎに魅せられ、近年それを使った創作舞踊に取り組み、瑠璃光寺などで上演を重ねて来ました。
　その寿寛さんが二番目のけいこ場であり、念願のろうそくのゆらぎを生かす場として、山口市仁保丸山に<a href="http://www.100fuku.net/cn11/index.html">桜樹館</a>を建てたのは昨秋のことです。
今回はここで創作舞踊と手造り和ろうそくの職人・大西明弘さんのろうそく造りの実演、お話を組み合わせたイベントを開きます。
今少し桜樹館について説明しましょう。木造平屋建て、約123平方メートルのこじんまりしたけいこ場ですが、名前の由来は桜に囲まれた台地に建てたからだそうです。
天井が高く、木の香りに包まれた建物に入ると、圧倒されるのは舞台正面に据えた樹齢2000年の樫（かし）の立木でん中は空洞。この館の主人公です。
驚くのはそればかりではありません。天井は杉、壁は檜（ひのき）、桁（けた）はなめら松や杉、柱は欅（けやき）、桜、楠（くす）。舞台でもある床は檜を中心に楠、欅など。正に木の館（やかた）です。電気の照明設備がないのは、自然光とろうそくを使いたい寿寛さんの不退転の決意を示したものでしょう。
伝統にとどまらず、新しい世界に挑戦する寿寛さんのイベントにエールを送ります。
おおすみ歴史美術館を持つ大隅企業グループは今回のイベントに協賛しています。これはメセナ―企業の芸術支援活動です。歴史の町―山口市。そこに伝統をふまえながら新しい世界にトライするアーティストたちがたくさん居ます。
今回のイベントはこうした芸術文化活動の一つであり、文字どおり山口に新しいあかりをともすものでしょう。

おおすみ歴史美術館・江戸康尹

<a href="http://www.100fuku.net/index.html">「職人の世界」</a>
日時　平成20年8月2日（土）17時開場　17時半開演
会場　桜樹館　（山口市仁保下郷丸山674）
席料　４，０００円
主催　職人の世界実行委員会
協賛　大隅企業グループ
お問合わせ先　職人の世界実行委員会（花柳寿寛　内）
電話・ＦＡＸ　０８３−９２２−１３５０
mail　aaa@100fuku.net  URL http://www.100fuku.net
]]>
        
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    <title>芳名録から</title>
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    <published>2008-05-20T12:50:35Z</published>
    <updated>2008-05-20T12:51:15Z</updated>
    
    <summary>　展覧会の会場などには芳名録−お名前や住所を記すサインブックがよく備えられていま...</summary>
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        　展覧会の会場などには芳名録−お名前や住所を記すサインブックがよく備えられていますね。規模の大きい美術館や博物館ではあまり見かけませんが、画廊での個展などにはいつも使われています。
　小さな施設の「おおすみ歴史美術館」は開館以来12年間にわたり、芳名録を備えつけています。来館者のうち、一部の方の記帳とはいえ「どこから、どういう方がお立ち寄り頂いたか」を物語る当館の貴重な資料です。
　さて、今年3月と4月の芳名録をめくってみました。
　3月は51名、4月は43名の方が記帳されています。それぞれを地域別に分けてみますと、まず3月は近畿地方がトップ（12名）、次いで九州（9名）と地元の山口県（9名）、そして関東地方（8名）の順。4月は山口県がトップ（13名）、次いで九州（8名）、北海道（6名）。毎月の分もほぼ同様で、ありがたいことに来館者は全国に広がっています。もっとも全国に知られた名湯、湯田温泉に来られた方が足を伸ばされたわけで「親の七光り」にあやかったと申すべきでしょう。一方、当館がいささかなりとも、湯田観光のお役に立っていることは嬉しい次第です。
　全国からの来館者の皆さんとふれあい、書画のつたない解説や山口の歴史、観光の説明に明け暮れる日々ですが、皆さんから教えられることが多く、また意外な出会いも少なくありません。
　4月6日のことです。芳名録に「北海道旭川市・・・」と記されたご夫妻がいらっしゃいました。
　「旭川といえば有名な旭山動物園がありますね。その人気の秘密は？」とおたずねすると、ご夫人が熱心にお話下さいました。市民が誇りに思う施設なんてステキですね。
　ところが、その2週間後の19日、来館者のご夫妻がやはり「旭川市・・・」と芳名録に記されました。
　「旭川の方ですか。ついこの間もそちらの方が来られましてね、旭山動物園のことをお聞きしたばかりです」と私が言うと、ご夫人が「あの・・・夫がそこの園長です」と答えられ、びっくり。山口には講演でいらっしゃったとのことでした。
　帰られるお二人の後ろ姿を見ながら、改めて芳名録はかけがえのない財産だとの思いをかみしめました。

おおすみ歴史美術館・江戸康尹

        
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    <title>わが家のお宝展</title>
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    <published>2008-04-14T07:40:16Z</published>
    <updated>2008-04-14T07:41:43Z</updated>
    
    <summary>　「いつも4月に開かれていた“わが家のお宝展”はどうなったのですか」―こんなお問...</summary>
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        　「いつも4月に開かれていた“わが家のお宝展”はどうなったのですか」―こんなお問い合わせがこのところ相次ぎました。おそまきながら今年から無くなったことをお知らせし、お詫びいたします。
　今少し詳しく述べますと、このお宝展はNPO法人デジタルアーカイブやまぐち（廣中平祐会長）が平成13年から始めた「わが家の一品を世界の逸品へ」公開審査会が母体です。この審査会は皆様の家に伝わる書画・工芸品等を調べ、記録して後世に伝えるもので、全国でも画期的な文化事業でした。この審査会の出品作品を約１か月間、公開展示して来たのがおおすみ歴史美術館（大隅正和館長）で、同展は市民の皆様に親しまれてきました。
　さて、諸般の事情でこの公開審査会は昨年の第7回をもって中止となり、したがって私どもの企画展も無くなった次第です。
　このお宝展をかえりみて、皆様のお宅にさまざまの文化遺産が残っていることに驚かされました。昨年を例にとると、新発見の大内氏文書や狩野派の優れた屏風などが展示されました。審査会への出品の大半は山口市にお住まいの方でしたが、歴史が豊かで、戦災を受けてなかったこの町のお宅には、まだまだお宝がたくさん眠っているのではないでしょうか。
　ともあれ山口県、同県教育委員会、山口市、同市教育委員会をはじめご後援を頂いた各団体に厚く御礼を申しあげます。
　「わが家の一品を世界の逸品へ」公開審査会の果たした意義は大きいと思いますが、これに協力した私どもの「わが家のお宝展」が、皆様のお宅に伝わった書画・工芸品の見直しや保存に役立ったとすれば大変嬉しいことです。

おおすみ歴史美術館・江戸康尹
        
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    <title>落ち着く所</title>
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    <published>2008-03-07T11:45:28Z</published>
    <updated>2008-03-07T11:46:29Z</updated>
    
    <summary>　幕末維新を中心とした山口の書画にふれて頂く場―おおすみ歴史美術館のキャッチフレ...</summary>
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        　幕末維新を中心とした山口の書画にふれて頂く場―おおすみ歴史美術館のキャッチフレーズですが、来館者は中高年層が多く、若い世代の訪れが少ないのが悩みのタネです。
　そこで、従来の中学生以下無料を昨年から高校生以下に改めましたが、効果は今一つでした。
　さて、2月下旬のある日、珍しく朝から高校生同士、それに父兄と高校生のペアの来館が相次ぎました。国公立大学の入試の日とわかり、納得しましたが、熱心に見て回る生徒も居れば、展示室内のイスにじっと座ったままの高校生などさまざまです。
　高校生の来館は嬉しいのですが、人生を左右する大切な受験日です。学部学科によって、テストは午前中だったり、午後から始まったりするようですが、付き添いの父母はともかく、ミュージアムでひとときを過ごす受験生の心境は如何と、男子高校生の一人に尋ねると
「ボクは昼から数学１科目の受験です。ここへ来てよかった。心が安まりました。」とのこと。
　私はその２、３日前に来館した４０年配の女性のことを思い出しました。この方は山口市内の大学で数日間、集中講義を行い、今から帰京する由。昨年も来館されたそそうで
「ここは本当に落ち着ける場所。書画だけでなく、小さな読書コーナーも魅力。４月にまた来ます」と話されました。
　受験の高校生の皆さんもこの女性と同じように当館が「落ち着ける所」だったのでしょう。ミュージアムとは何かという定義はともかく、おおすみ歴史美術館は心おだやかにひとときを過ごして頂ける所でありつづけたいと私は思います。

おおすみ歴史美術館・江戸康尹

        
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